「そうであるならば」を別れの言葉とする日本語の深層については、諸説あるようだが、もっとも単純に「そうであるならば」と解釈すると、そこには運命に従うという、無常観のようなものを感じる。そうであるならば、つまり運命が別れを必要とするならば、というわけだ。

新しいカメラとして、5D mark2で撮影を始めて、しばらくはこのカメラシステムで撮影することを決めた。決めた以上、E-3とは別れることにした。実は、E-3を購入したとき、5Dを保有しつづけたのであるが、使うことはほとんどなかった。
それぐらいE-3の質感、そして出来上がる写真には満足できた。だから、フルサイズよりもフォーサーズを選んだのだ。この経験から、デジタルの場合、私は2つのシステムを必要としない。
フォーサーズがもっとコンパクトなシステムであれば、レンジファインダーと一眼レフ、あるいは35mmと645のようなシステムの併存が可能かもしれないが、いまのところ、その必要性を感じない。こうした考えから、システムを変えれば、基本、カメラは売却することにした。一部レンズは残しているが。フォーサーズの4:3のフォーマットは好きなフォーマットだし、オリンパスの示すデジタルの思想には共感するものがある。で、しばらくは、フォーサーズは休むことにした。
できれば、新しいタイプの撮影素子が登場し、画素は1200万程度でもいいから、諧調豊かな絵が欲しい。そうであるなら、また再びフォーサーズに戻るつもりだ。こうした考えから、システムを変えれば、基本、カメラは売却することにした。一部レンズは残しているが。フォーサーズの4:3のフォーマットは好きなフォーマットだし、オリンパスの示すデジタルの思想には共感するものがある。で、しばらくは、フォーサーズは休むことにした。できれば、新しいタイプの撮影素子が登場し、画素は1200万程度でもいいから、諧調豊かな絵が欲しい。
そうであるなら、また再びフォーサーズに戻るつもりだ。
カメラのナニワ京都店にE-3 83000円、14-35/f2 183000円で委託に出しています。委託なので保証はありませんが、宣伝まで。
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