個体差があるようだが、5Dmk2にはCFカバーとなっているグリップ部分、電池蓋の上部分がそれぞれの接続部分とピッタリと噛み合わず、ボディが軋むことがある。しばらく使用するうちに、軋んでくることもあるので、設計上の仕様なのかもしれないが。
で、あまりに軋むので先日、SCに調整に出したところ、
ようやく本体が戻ってきた。結果、少しマシになった程度で相変わらず軋む。本体交換も可能なようだけど、別のトラブルに巻き込まれる可能性もあり、なんというかお粗末な話である。
で、結局、ネットにあるように、CFカバーに少し細工をして、許容範囲に軋みを押さえた。グリップが柔らかいというのは、カメラとしてどうかと思うのであるが、他のカメラの設計を流用した結果だと思われる。
先日、このカメラで撮影した桜の写真をA2でプリントアウトして知り合いに見せたところ、細かい桜の花がひとつひとつ解像していることを大変、驚いていた。解像度のレベルは、4×5以上ではないかと思う。
このカメラ、そして解像度の高いレンズによってもたらされる世界は視覚を超えている。それを、まぁ20万円台前半で製品化しているだから、文句を言うのもどうかとも思う。ブローラニーフィルムを年150本とって、フィルム・現像代が1500円としても、年間で本体価格がペイできるぐらいのレベルである。
多分、Mark3が発売されても、10万円ぐらいであれば売却できるだろうから、実質的には、半年ぐらいのフィルム代で、このカメラは償却できる。
そうした前提はわかった上でだが、それなら中途半端な動画機能を削って良かったから、ある程度きちんとしたボディを作って欲しかったと思う。今の5Dmk2は、「写ルンです」に概念上近く、高性能CMOS付きカメラのように感じてしまう。結果として、次のMk3が出た時に家電製品として使い捨てることになるのではないか。
まぁ、先ほどのフィルム換算から考えると、3年に一回ぐらい多くのユーザーが買換えを行わないと、この価格では提供できないのかもしれないが。
ただ、こういうのが続くと、フルサイズの利点がCanonからなくなっている状況では、CONTAXのレンズさえ使えれば、そっちに行きたくなる。
カメラは大衆のものという考えはわかるが、ボディがへこむようなものは、良識としてどうかと思うのだ。
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